天然痘という悪魔の復活 第16話

「スクープだ・・・・・・」

 興奮を抑えきれぬといった様子で達也が呟いた。

「これは世紀の大スクープだ! 息吹さん、これは世間に報せるべき内容ですよ! どうしていままで黙っていたんですか!」

 息吹が、静かに告げた。

「幸せのためですよ」
「え?」
「いま、私には家族がいます。孤児となった私を引き取ってくれた養父、彼の娘で現在は私の伴侶となっている妻、そしてお腹のなかの子供。私はいま、幸せです。この幸せを壊したくない。だから沈黙を保っているのですよ」
「ですが―――」
「敏いあなたなら、この一言で全てを察するでしょう。妻の旧姓は、黒堂といいます」

 予想もしていなかった一言が、槍の一投となって達也の心臓を貫いた。

「え? いま、なんて・・・・・・?」
「養父の名は、黒堂深影といいます」

 別の言葉で、息吹はさらなる衝撃を達也に与えた。

「そんな・・・・・・まさか・・・・・・」

 まるで呼吸不全の魚のように口を虚しく開閉させながら、達也は絶句の言葉を絞りだした。それ以上の言葉が続かないのは、彼が受けた衝撃の巨大さを物語っているからであろう。

「黒堂深影は実に賢い男です。孤児となった私を引き取って、私が餓えていたモノをアメとして与え続けた。危険なモノは離しておくよりも手近な場所へ置いておく方がリスク管理がしやすいですからね。まぁ、彼のおかげで、私はなに不自由なく過ごすことができましたよ。孤独に悩まず、食べるに困らず、学ぶに困らず、愛情に餓えることもなかった。彼は私が欲するがままに金や物を与え続け、挙句、自分の娘すら私に与えた。そうやって、着々と私が逃れられない状況を構築したんです。そうとも知らずに、真実を追究していた私は、真相を知って愕然としましたよ。だが、もはや逃れられぬ状況になっていた」

 だから売ったんです―――と、息吹は続けた。

「悪魔に魂を売る、という感覚に似ていたかもしれません。いま現在の幸せを守るために、私は真実を黙秘し、そして葬り去る所業に加担しているのですから」

 そこまで言って、息吹は小さく息を吐いた。
 それから、まるで嘲笑うかのような口調で、沈黙したままの達也に声をかけた。

「あなたは、事件が解決し、犯人が捕まれば、私は幸せになると断言した。しかし、本当にそうでしょうか。事件が解決し、犯人が捕まれば、本当に私は幸せなのですかねぇ」
「・・・・・・」

 達也は答えることができなかった。ここへ来て知った真実があまりにも大き過ぎて。
 だが、それでも、問わずにはいられないことが一つだけあった。

「・・・・・・なぜ、です?」
「ん?」
「・・・・・・なぜ、ジャーナリストである私に、真実を語ったのですか?」

 いや、聞かなくとも想像がつく。これまでの経緯と事実を符合すれば、そして少し考えればおのずと理由は判明する。
 だが、聞かずにはいられなかった。
 息吹が静かに答えた。

「冥土の土産ですよ」

 不吉な囁きが、元被害者の口から漏れた。

「義父が恐れているのはただ一つ。真実が明るみにでることです。現在、その可能性がもっとも大きいのは、警察による捜査ではなくジャーナリズムによる追求だ。だから真相の追究が深層へと及ぶ前に手を打っているのですよ。「守山家一家惨殺事件」を追うジャーナリストたちは、なぜか決まって必ず私の元を訪れますからね」

 つまり、守山息吹は「餌」というわけだ。
 そしてその餌にまんまと食いついたのが、記者の鈴木宗太であり、作家の榎本幸太郎であり、探偵の後藤卓巳であり、ジャーナリストの斉藤裕也であり、そして―――。

「さぁ、私はあなたが知りたいことを全てお話しましたよ。もうこれ以上のご用はありませんね。どうぞ、気をつけてお帰りになってくださいね」
「・・・・・・」

 息吹に促されるまま、達也は椅子から立ち上がった。
 そして玄関へと向かう。
 その足取りは、さながら死刑台へと向かう死刑囚の足取りに酷似していた。
 翌日、次のような記事が新聞の隅に小さく掲載されるであろう。

「フリージャーナリストの斉藤達也氏、車にはねられ死亡」

 それが現実のものとなるのは、もう少し先の話であった・・・・・・。



                               完

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天然痘という悪魔の復活 第15話

「まさか、インサイダー取引!?」
「さすが鋭い。その通りです」

 インサイダー取引とは、株価に影響を与える重要情報を事前に入手し、それを利用して売買をおこなう手法である。金融商品の信頼を損なう不正な取引で、むろん、法律でも禁止されている。しかし、確実に利益を挙げることが可能であるため、故意に利用する者は後を絶たない。

「黒堂インベストメントは、天然痘が復活した直後に株式、債券、通貨の大量空売りによって莫大な利益を得ていたというのが定説ですが、実はそれ以外にも不審な取引をおこなっていた記録が残されているんです。公表されている黒堂インベストメントの大量保有報告書によれば、天然痘が復活する数ヶ月前から黒堂インベストメントは無数の製薬会社の株式を大量に保有していたんです。中には赤字続きで上場廃止寸前の銘柄も含まれていました。その取引額は、当時の黒堂インベストメントが動かせる金額の七割を超えていたんです。普通ならありえない取引ですよ。なにしろ黒堂インベストメントは五期連続の赤字で倒産寸前だったんですからね」
「確かに、その通りだ・・・・・・」

 息吹が指摘する通り、黒堂インベストメントの動きには不審な点が多い。あらかじめ、天然痘の復活によるパンデミックを予期していなければ出来ない動きだ。息吹の話には説得力があり、つじつまが合う。
だが・・・・・・。

「だが、証拠がない。証拠が無ければ、追求することもできない・・・・・・」

 ジャーナリストとしての結論を達也は口にした。限りなく黒に近い色であっても、決定的な証拠がなければ白なのだ。これだけ大規模なバイオ・テロだ。当然、核となる証拠はすでに処分済みであろう。もしかしたら、口封じのため、一連の事件に関係した者の殺害まで実行しているかもしれない。

「ですが、状況証拠を積み重ねれば白を黒にすることができる。私が黒堂インベストメントが事件の犯人だと確信した理由は、もうひとつあったんですよ」
「そ、それはなんですか!?」
「出身地です」
「出身地?」
「はい。黒堂インベストメントの社長、黒堂深影の出身地です。彼は、黒川村の出身者だったんですよ。しかも、父のかつての旧友でした」

 点が、線になった瞬間だと達也は思った。
 おそらく、事件の真相はこうであろう。
 当時、黒堂インベストメントは赤字続きで倒産寸前だった。経営者として、黒堂深影は苦悩の極にあったに違いない。理性的な判断ができていたかどうかも不明だ。そんな状況で、彼は逆転の手法を思い立ったのだ。それが天然痘を利用した自作自演のバイオ・テロである。黒川村出身で、しかも犠牲者である黒堂圭吾の旧友であった彼ならば、神無山の話を聞いていても不思議ではない。天然痘はすでに自然界に存在していないウイルスである。その前提がある以上、よほどの証拠がなければバイオ・テロの追求を受けることは可能性は絶無であろう。殺人の実行や山からのミイラの搬出には、金にものを言わせて人を集めればいい。世の中には金さえ貰えばどんなに汚い仕事でも引き受ける者がごまんといるのだ。むろん、真意は伝えずに。そして、ミイラからのウイルス抽出は、どこかの研究機関で実施したのだろう。金で買収したか、あるいは騙したか、その辺の手法は定かではないが、とにかく、黒堂インベストメントは天然痘ウイルスを入手することに成功した。そして、一連の大事件へと繋がったのだ・・・・・・。

天然痘という悪魔の復活 第14話

 息吹が調べたのは村の歴史に関する資料だった。
 それによると、いまからおよそ二〇〇年ほど前、江戸時代、村を疫病が襲った記録が残されていたそうだ。疫病は強力で、瞬く間に村全体を飲み込み、一〇〇人を超す死者とそれに倍する感染者をだしたという。
 このままでは村が全滅してしまう! そう危機感を抱いた村人たちは、非人道的な方法でこの難局を乗り切ることにした。すなわち、感染者の虐殺である。黒川村の住人は、感染者を全員抹殺することで、疫病に対処しようとしたのだ。
当時の様子は悲惨の一言に尽きる。ある者は生きたまま焼かれ、またある者は生きたまま川に投じられた。そして一部の者は、神無山にあった洞窟の奥へと連れていかれて、洞窟の入り口を埋められたのであった。

「入り口が埋められてしばらくの間、山からは「出してくれぇ」という呻き声が昼夜を問わず響いていたそうです。そしていつの頃からか、山にはその時に殺された村人の幽霊が出るとの噂が立つようになり、村人は近づかなくなったそうです。だから―――」
「だから「悪霊の棲む山」ということか・・・・・・」
「そうです。そして、疫病の感染者の生き埋めを先導したのが守山家の先祖でした。ですから、古文書にはおそらく、その時生き埋めにした場所が記されていたのでしょう。推測ですが・・・・・・しかし、真におぞましい話はそれではないのです」
「と、いうと?」
「その時、村で流行した疫病というのが・・・・・・実は天然痘だったんですよ」
「!」

 達也の脳裏を、一八年前の惨劇がよぎった。
 まさか、天然痘復活と守山家一家惨殺事件になにか関連があるのだろうか?
 そう思った。
 彼の考えは、しばらくしてから肯定されることとなる。
 息吹が次の語を口から紡ぎだした。

「斉藤さんは、古病理学というものをご存知ですか?」
「いえ、残念ながら・・・・・・」
「古病理学とは、古代の住民の病気の発生を研究する概念で、二〇世紀はじめにM・A・ラファーによって提唱されました。その学問のひとつに、古代のミイラから生体組織を採取して、病気の過程や死因、あるいは感染症の病原体を特定するという研究分野があります。つまり、それを悪用すれば、古代に流行した疫病の病原体を採取することも可能だということです。だから私は考えました。神無山に生き埋めにされた住人たちはそのままミイラ化している可能性が高い。ならばその遺体には、まだ生きた状態の天然痘ウイルスがいるのではないか。そしてもしかしたら、家族を殺した犯人たちは、最初からその天然痘のウイルスが目的だったのではないか、と」
「まさか、そんな・・・・・・!」
「ありえない話ではありません。いえ、むしろ、そう考えた方がつじつまが合うことが多い。だから私は探しました。天然痘の流行によって利益を得た者がいなかったか、あるいは、天然痘の流行と前後して不審な動きをしていた者がいなかったかどうか、を」
「・・・・・・で、見つかったんですか?」
「ええ、いました」
「それは誰なんです!?」
「黒堂深影率いる投資会社、黒堂インベストメントです」
「黒堂インベストメント・・・・・・」

 聞いたことがあった。
 天然痘が復活し、世界を大恐慌が襲った最中、大量の空売りを浴びせ、短期間で兆単位の利益を得た投資会社である。

天然痘という悪魔の復活 第13話

「・・・・・・古文書が、消えていたんです」
「―――え?」

 息吹の小さな声が、達也の鼓膜を振るわせた。
 静かに、ゆっくりと、息吹が言葉を紡ぎはじめた。

「守山家の直系が代々、受け継ぐ品です。事件の数日前、いずれ私が受け継ぐべき物だから、といって父が見せてくれました。いまにして思えば、父は自分たちの身になにか起こるかも知れないと感じていたのかもしれませんね。だから、覚えていました。あなたのいう通りですね。子供は印象深いことは忘れない」

 そう言って、息吹は続けた。
 昔を思い起こすように、ゆっくりと。

「守山家は山をひとつ所有していました。名前は神無山。通称、悪霊の棲む山。禁則地ではありませんが、立ち入れば災いが降りかかるとの伝承があることから、地元の者も決して立ち入らない場所です。父の話によるとその古文書には、神無山に関する記述が書かれてあったそうです。詳しい内容は教えてはくれませんでしたがね」

 そこまで言って息吹は一息ついた。心の奥底にしまいこんでいた秘話を吐露することは精神的な負担を伴う。ましてや忌まわしい事件に関することとあっては、その負担は相当なものであろう。そのことは、達也にも理解できた。
 だが、相手の心情よりも、自らの興味を「職務」と正当化して優先させるのがジャーナリストという職業である。
 息吹に話を進めさせるため、達也はあえて問いかけた。

「その古文書が無くなっていたんですか?」

 と。
 息吹は頷き、肯定した。

「ええ。古文書が無いことに気づいたのは中学生になってからでした。当時私は、心の傷が癒え、気持ちの整理もつき、ようやく事件後初めて自宅に足を踏み入れることができたんです。自宅は事件当時のまま時が止まっていました。その時、あるべき場所に古文書がないことに気づいたんです。探したが、見つからなかった。警察が押収し、後に返却された品の中にも古文書の存在はありませんでした。つまり古文書は、犯人が盗んだ可能性が高かった。もしかしたら犯人の目的は最初からその古文書だったのではないか。そう考えた私は、山に関する情報を集めたんです。それが事件解決の糸口になるのではないか、そう思って」

 達也は固唾を呑んで息吹の話に耳を傾けた。
 彼が語る内容は、これまで世間には知られていなかった秘話であった。当事者のみが知りえている情報である。もしかしたらこのインタビューは事件の核心に繋がるかもしれない―――そんな強い期待の念が、次第に達也のなかで高まっていった。
 まるで物語を朗読するような口調で、息吹が話を続ける。

「最初、私が思い描いたことは、山には埋蔵金か財宝に準じる何かが埋められているのではないか、ということでした。黒川村には南北朝時代に南朝方の宗良親王がこの地の豪族に匿われていたという伝説があります。もしかしたら山にはその時に持ち込まれた財宝が埋められているのではないか、そして犯人の狙いはその財宝なのではないか、そう想像していました。ですが、真実はまるで違っていました」

 ひと呼吸、間を置いて、続けた。

「確かに、山にはモノが埋められていました。ですがそれは、財宝とはまったく異なる存在だったんです」
「それは、いったい・・・・・・」
「人間です」
「え」
「古い記録を調べていて判りました。大昔、黒川村が疫病に襲われた際、防疫のため、感染者たちが神無山に生き埋めにされていたんです。それも何十人と」
「・・・・・・!」

天然痘という悪魔の復活 第12話

「しかし、なにゆえいまあの事件なのですか? 事件発生からもう二〇年が経つ。犯人のめぼしがつかないまま、目的もわからず、警察も解決を諦めた事件だ。時代が変わり、世間もすでに忘れている。そして私も、こうして新しい人生を歩んでいる最中だ。いまさら事件を掘り返したところで、いったいなんの益があるというのでしょうか」

 力のない言葉。息吹の言葉には疲労の色が滲み出ているように思われた。
 事件の解決は、時間が経つごとに難しくなるといわれている。証拠や犯人につながる手がかりが、時間の経過と共に少なくなってゆくからだ。事実、守山家一家惨殺事件では、事件が発生した当初、警察に寄せられた情報は年に二万件を超えていたが、昨年は三件と大幅に減少している。これは捜査がいかに時間との戦いであるかを物語るに足る数字であろう。
 事件解決が長引くことは、遺族の苦しみを長引かせることとイコールだ。捜査が進展しない警察への憤り、捕まらない犯人への怒り、そして事件を忘れゆく世間への不満。すべてが遺族を苦しめる。

「私の時間は、事件が起きた日から止まったままなんです・・・・・・」

 という遺族の心情の吐露は、決して誇張ではないのだ。
 そして遺族はやがて事件解決を諦める。心に深い絶望と失望の傷跡を残して。
 きっと、守山息吹も同じような心境なのだろう。
 だから、達也は応えた。

「益ならあります。きっと、あなたの気が晴れる」
「え?」
「犯人が捕まり、事件が解決すれば、きっとあなたの心は澄み渡った青空のような気分になるでしょう。心からしこりが消え、わだかまりも消失するはずです。そうすれば、あなたはきっと、これからの人生を幸せに生きていけるはずです。私は、そう信じて疑いません」
「・・・・・・どうでしょうか。犯人が捕まり、事件が解決すれば、私は本当に幸せになれますかね?」
「なれます。きっと!」

 身を前に乗り出し、達也は訴えた。
 息吹はもう一度、コーヒーカップに口をつけてから、言葉を変えた。

「・・・・・・この事件を追う者は、ジャーナリスト、作家、探偵を問わず、不幸な死に方をしています。もしかしたらあなたもこの事件を追うことで不幸な目に遭うかもしれない。それでも、事件解決を目指すのですか?」
「死が怖くてはジャーナリストはやってはいられませんよ。もとより危険は覚悟のうえです。たとえあなたから話が聞けなくても、私は事件を追い続けるでしょう」

 達也は断言した。
 その言葉に、嘘偽りはなかった。

「・・・・・・」

 息吹は再び沈黙し、カップの中身を空にした。彼はしばらく宙を見つめ、それから視線を達也へと戻した。なにかを決めたような目つきをしていた。
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